定量位相顕微鏡

定量位相顕微鏡による生細胞のラベルフリーイメージング

定量位相顕微鏡とは

光に、「粒子」としての性質と「波」としての性質の両方があることは広く知られています。定量位相顕微鏡は、光の「波」としての性質を利用して、細胞の形態を高精度に測定するための顕微鏡です。右図に示すように、細胞を透過した光は、細胞の形状を反映して遅れを生じます。光干渉法と呼ばれる方法を顕微鏡に応用することで、この光の遅れの量を定量的に画像化することができます。この光の遅れの量は、「光学厚さ」と呼ばれ、細胞の厚みに比例します。

生きたままの細胞の形と動きをイメージング

当社は、この定量位相顕微鏡を用いて細胞の3次元的な動きの解析を行っています。細胞の運動性は細胞の分化度や、がん細胞の悪性度、細胞に薬剤を添加した際の効果の有無などに関わっていると言われており、世界中で研究が行われています。次の動画は、定量位相顕微鏡を用いて、培養細胞(CHO)細胞を1時間にわたって観察した結果です。定量位相画像では細胞の3次元的な厚さ分布や、細胞の境界の変化を時々刻々捉えることができています。このような細胞厚さの定量的な可視化は、従来法である位相コントラスト顕微鏡や微分干渉顕微鏡では不可能でした。定量位相顕微鏡は、細胞に影響を与える可能性のある染色試薬を使う必要がないため、数時間~数日の連続観察においても、細胞を自然なままの状態に保つことができます。

定量位相顕微鏡

■定量位相顕微鏡で撮影した培養細胞(CHO細胞)の動画(1時間)

(左上)光学厚さ分布(定量位相画像)
(左下)3次元表示した光学厚さ
(右上)位相コントラスト画像
(右下)微分干渉画像

細胞の3次元的な形態を可視化するのに有用な方法の一つは、バーチャルリアリティ(VR)技術を用いることです。こちらの動画は、先ほどの定量位相画像を用いて作成したVR動画です。まるで細胞のまわりを歩き回っているかのような感覚で、動いている細胞を目の当たりにすることができます。

■細胞のまわりを歩き回るVR動画

当社の定量位相顕微鏡は蛍光撮像と組み合わせて用いることもできます。こちらの動画では、細胞の光学厚さを緑色で疑似カラー表示するとともに、細胞核を染色した蛍光画像を重ね合わせています。定量位相観察は蛍光観察とは独立した手法になるため、どのような波長の蛍光試薬とも併用することができます。動画に示すように、まるで細胞質全体を染色したかのような画像を、褪色や細胞ダメージの影響なく撮影し続けることができました。

■培養細胞(MCF-7細胞)の光学厚さ(緑色疑似カラー)と核染色(青色)

大量の細胞の形態を撮像し統計解析する

定量位相顕微鏡は、細胞の大量解析にも威力を発揮します。次の画像は、0.7 mm×0.52 mmの視野で撮像された培養細胞(CHO細胞)の光学厚さ画像です。細胞一個一個の厚さ分布が明確に可視化されています。この光学厚さ画像に対して、自動化された画像処理を行って一個一個の細胞の領域を区画分けすることで、個々の細胞を認識することができます。認識された個々の細胞の特徴量を数値化すると、細胞の面積や体積についての詳細な情報が得られます。

(左)定量位相顕微鏡で撮像された培養細胞(CHO細胞)の光学厚さ分布

(中) 細胞一個一個を自動で区画分けした画像
(細胞数=229個)

(右)個々の細胞の特徴量の表

当社の定量位相顕微鏡は、最大で秒間30枚程度の画像を撮像することができます。当社では、1秒間に1万個の細胞を観察できるような細胞の自動撮像・自動解析装置の実現を目標としています。

細胞間コミュニケーションを3次元的に可視化

細胞間の情報伝達には、メンブレンナノチューブと呼ばれる3次元的な細胞間の橋渡し構造が関わっていると言われています。このメンブレンナノチューブは、直径が100ミクロン以下と細く、従来は観察が困難でした。そこで、当社は定量位相顕微鏡をフルフィールド光コヒーレンス断層撮像法(FF-OCT)と組み合わせることで、細胞の3次元断層画像の撮像に応用しました。FF-OCTでは細胞を水平にスライスした断層像を複数枚積層することで細胞の3次元画像を得ることができます。次の動画に示すように、細胞内小器官や細胞核、細胞間を橋渡しするメンブレンナノチューブなどの構造を明瞭に可視化することができました。メンブレンナノチューブを介した細胞間の情報伝達を明らかにすることで、細胞の免疫や抗がん剤の機序の解明に役立てることができます。

■定量位相顕微鏡で撮像された培養細胞(HeLa細胞)の3次元断層画像

■3次元断層画像を時系列的に撮像した動画

今後の目標

定量位相顕微鏡は細胞の厚さ分布を非染色で得られる顕微鏡です。細胞を3次元的に撮影することで、細胞の形態や運動性を定量することができます。当社は定量位相顕微鏡を用いて、細胞の自動撮像・自動解析装置を実現すべく研究を進めています。

参考文献

  1. 『定量位相顕微鏡の小型化と各種応用計測』, 「光アライアンス」2017年2月号 (2017)
  2. 『定量位相顕微鏡による生細胞の非染色3Dイメージング』, 「光学」46巻7号 (2017)
  3. “Label-free imaging of the dynamics of cell-to-cell string-like structure bridging in the free-space by low-coherent quantitative phase microscopy”, Proc. SPIE, 85711G (2013)
  4. "Low-coherent quantitative phase microscope for nanometer-scale measurement of living cells morphology," Opt. Express 16, 12227-12238 (2008)
  5. "Label-free imaging of intracellular motility by low-coherent quantitative phase microscopy," Opt. Express 19, 5536-5550 (2011)

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