半導体レーザ iPMSEL

技術概要

当社は光の空間的な位相を制御することで自在なビームパターンを出射することが可能な小型光源を開発しています。当社は、このデバイスをiPMSEL® (integrable Phase Modulating Surface Emitting Lasers)と呼んでいます(商標登録第5947410号)。
近年、衝突防止や3次元計測の分野でLiDARの需要が高まっており、ビームパターンを走査できる光源が要求されています。小型・メカレスで自在にビームパターンを制御できる光源はこのような用途に最適です。特に小型であるメリットは、ドローンのように重量の制限された状況で重要となり、ドローン用のLiDARには小型・軽量な光源が必要となります(図1)。また、小型でビーム走査可能な光源は、大きさの限定されるカプセル内視鏡内蔵のレーザメス(図2)や、究極的には自然な立体ディスプレイ(図3)の画素に応用することも可能となります。

図1. iPMSELの応用例 - ドローン用LiDAR

図2. iPMSELの応用例 - カプセル内視鏡内蔵レーザメス

図3. iPMSELの応用例 - 立体ディスプレイ

Static-iPMSEL

当社は、これまでに固定パターンを出射するStatic-iPMSELの原理実証をしてきました。このデバイスは図4に示すように、針先程の小型半導体チップから、光学系を使わずに設計された任意のビームパターンを出射することが可能なデバイスとなります。このように予め固定されたパターンであっても、3次元形状計測やヘッドアップディスプレイなどの表示デバイスへ応用できる可能性があります。3次元形状計測を例に挙げると、物体にパターンを投影して、その歪み具合を測定することで、3次元形状を計測することが可能です。この光源が針先程のチップになれば、ポータブルで小型な3次元計測システムの実現も可能となります(図5)。3D計測に適した10,000点以上の大規模多点パターンも実証しています(図6)。また、このStatic-iPMSELをチップ上に複数配置したArrayed-iPMSELでは、ビームパターンを電気的に切り替えることが可能です。この素子の実例を動画で示します。これを表示デバイスに応用できる可能性もあります。 一方で、当社は固定パターンを切り替えるだけではなく、単一素子で電気的に動的なパターン切り替えが可能なDynamic-iPMSELの研究も進めています。

図4. Static-iPMSELの模式図

図5. (左)3次元計測の原理、(右)測定系模式図

図6. Static-iPMSELによる多点ビームパターン

Static-iPMSELの特長

一般に用いられるDOEとVCSELの組み合わせと比較すると、Static-iPMSELはサイズが1桁小型になるため、2桁の高密度集積化が可能となります(図7参照)。
これによって、従来より2桁多くのパターンを切り替えて使用できる可能性があります。ただし、サイズが小さくなるため、回折拡がり角は逆に大きくなります。一方で、面垂直方向のスポット光ノイズが生じないという特長があり、Static-iPMSELは高密度集積化に適した2次元パターン光源と言えます。

図7.2次元ビームパターン光源の構成図

  従来技術(DOE+VCSEL) Static-iPMSEL
サイズ 数mm□ 数百μm□
集積度
回折拡がり角
スポット光ノイズ あり なし
 
 

  従来技術(DOE+VCSEL) Static-iPMSEL
サイズ 数mm□ 数百μm□
集積度
回折拡がり角
スポット光ノイズ あり なし

※DOE:回析光学素子、VCSEL:垂直共振器面発光レーザ

Arrayed-iPMSELの素子の実例

トピック①:モノリシックアレイによるパターン切り替え

同一基板上に半導体プロセスによってモノリシックアレイ素子を集積することも可能です。これによって極めて高い位置精度でパターンを切り替えることが可能となり、高精度の3次元計測などの応用で必要な技術となります。

 

関連ニュースリリース:『ビームパターンを切り替え可能のiPMSELアレイ素子を開発』(2021年10月26日)

図8.モノリシックアレイ素子の切り替え駆動の様子

図9.モノリシックアレイ素子模式図

 

図10.モノリシックアレイ素子外観図(TO-8ベースの実装例)

図11のように縞パターンを切り替えて照射することで高精度な3次元計測が可能になります。

図12は位相計測した例ですが、三角測量の原理でこの位相値を3次元形状に換算することが可能です。

図11.縞パターンの切り替え照射

図12.3次元形状計測の例(位相計測)

トピック②:直接集光(1)

ホログラム設計によりオンチップサイズの素子からレンズ無しで直接集光ビームを出射することも可能です。この時、焦点距離300 µmという極めて短い距離にも集光することができ、集光径6.0 µmと回折限界の約2倍の狭い領域への集光も可能となります。

詳細は関連文献7をご参照ください。

図13.孔の配置例

図14.ビームプロファイルと焦点拡大図

トピック③:直接集光(2)

多点、複数の焦点距離へ同時に集光することも可能となります。

詳細は関連文献9をご参照ください。

図15.同時集光の例

トピック④:直接集光(3)

集光の変わった応用例として、高精度な3次元計測に必要なノイズの少ない縞パターンを形成することも可能です。通常のホログラムでは、縞のように高密度な輝点では輝点間の干渉が発生し、ノイズを生じます。直線上に並べた1次元輝点列パターンを1次元的なレンズ作用によって垂直な向きに引き延ばすことができます。この結果、極めてノイズの少ない縞パターンが形成できます。この技術は3次元計測への応用が期待されます。

詳細は関連文献8をご参照ください。

図16.ビームパターン照射イメージ

図17.縞パターンの照射例

応用先(実現する未来)

■自然な立体ディスプレイ
動的にパターンを切り替え可能なDynamic-iPMSELを画素として敷き詰めることで、自然な立体像から出射される光線を表現することができます。このような自然な立体ディスプレイが実現すれば、離れた場所に暮らす家族や友人のように人と人を繋ぐ、新しいコミュニケーションツールとなります。

 

■LiDAR
近年、自動車の衝突防止や3次元計測にLiDARが応用されています。LiDARには、一般的に機械的なビームパターンの走査機構が必要になりますが、小型でメカレスにビーム走査ができれば、機械的な回転機構が不要になり、小型軽量化が可能になります。このような光源は、ドローンなどの搭載物の重量が限られる状況で重要なキーデバイスとなります。

 

■カプセル内視鏡内蔵レーザメス
胃カメラや大腸内視鏡などの内臓の検査では、カメラを入れるときに特有の苦しさがあります。カプセル内視鏡動的があれば、このような苦しさのない診察が可能となります。この上に、ビームパターンを制御できるレーザメスを内蔵することで、カプセル内視鏡による内臓の診察と同時に、適切に体内の患部を処置することができ、患者への負担を抑えた医療が実現できる可能性があります。このような光源として、iPMSELを応用できる可能性があります。

 

■3次元計測
多点、縞、メッシュなどのパターンを物体に投影し、その歪み具合をカメラなどで確認することで、3次元形状計測をすることができます。当社は、任意の固定パターンを出射するStatic-iPMSELで、このようなパターンの実証に成功しています。

 

■表示デバイス
任意の固定パターンを出射するStatic-iPMSELでは、図4に示すように文字やグレースケールの写真なども表示できます。そのため、小型のヘッドアップディスプレイ用光源や、チップサイズで各種マークを表示する表示デバイスへの応用も可能となります。

技術詳細

ここでは、これまでに原理実証してきたStatic-iPMSELの構造と、どのようにして任意のビームパターンを出射できるのか説明します。
図18にデバイスの模式図を示します。基本的な構成は通常の半導体レーザの構成を踏襲しており、半導体基板上に電気的なキャリア(電子、ホール)を閉じ込めるクラッド層と光を発光する活性層と呼ばれる層を具えています。一方で、通常の半導体レーザと異なる点は、活性層の近傍に位相変調層といわれる微細な孔を有する層が形成されている点です。位相変調層はどのような役割を果たしているでしょうか?図18に位相変調層の電子顕微鏡写真(SEM像)を示しますが、微細な孔は一見周期的に正方格子に並んでいます。しかし、実際には周期的な正方格子から僅かにずれた位置にずらして配置されます。ここでは正方格子の格子点Oから僅かに離れた円周上に孔を回転して配置しています。それぞれの孔をどのように回転するかは、所望のビームパターンに応じて、ホログラムの技術を用いて決定されます。

図18. Static-iPMSELの模式図

図19. Static-iPMSELの面内共振

デバイスに電流を注入すると、活性層で発光し、さまざまな方向に向かう光波が放射されます。活性層の近傍の位相変調層に、このような光波が入射するとどうなるでしょう?
一般的に位相変調層の孔のずれは小さいので、ここでは簡易に説明するため、周期的に並んだ孔(フォトニック結晶)を考えます。
図19に周期的に並んだ孔に光波が左から入射する場合を考えます。このとき、各孔で光が散乱されますが、孔の周期を光の波長と等しく設計している場合、各孔で散乱される球面波の波面は上下左右の4方向で位相が揃い、強め合います。これを物理学では「回折」と呼びます。このように上下左右に回折された光波は、回折された先でも上下左右の4方向に回折され、それぞれが互いに重なりながら、面内に広がって行きます。互いに向かい合う方向の波が重なると、どちらの方向にも全体として進まない定在波を形成するので、位相変調層の中では面内に2次元的な定在波が形成されます。これはレーザを発振させるための、共振器として利用することができます(2次元定在波の形成)。

一方で、前述のように孔の周期が光の波長と等しい場合、図20(a)に示すように、面内を伝搬する4方向の回折波は、面垂直方向に対しても回折されます。このため、面垂直方向に平面波が形成されます。この平面波は、数百µm角の面積に広がっており、広がり角度1 º以下の極めて狭いビームパターンを出射することができます。それでは、周期的な位置から孔をずらした位相変調層ではどうなるでしょうか?位置のずれが小さいため、「2次元定在波の形成」は維持されますが、出射されるビームパターンが変化します。図20(b)に位相変調層で垂直方向に回折され、出射するビームパターンの模式図を示します。こちらに示すように、位置がずれているため、垂直方向に回折される平面波が、局所的に位相が進んだり遅れたりすることで、空間的に波面が変調されます(出射ビームの波面変調)。当社で培われてきたホログラムの技術から、所望のビームパターンに必要な「波面変調」を設計することができます。
以上のように位相変調層は、レーザ共振器として「2次元定在波の形成」と同時に、出射ビームの「波面変調」をすることで、針先程度の微小チップから、さまざまなビームパターンを出射することが可能になります。

図20. Static-iPMSELの位相変調の仕組み

関連文献

*関連文献1~9(4を除く)はオープンアクセスです。

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