軟X線3D顕微鏡

生命科学の分野において、細胞内での営みの解明、病気の診断や発病機構の解明、創薬における薬効評価などのためには、生物組織や細胞の構造、特定タンパクの分布などに関する情報が必要です。また、材料科学分野において、炭素繊維やその複合材、高分子機能性材料などが次世代の材料として注目され、その構造と機能の関連性について研究が進められています。数keV以下のエネルギーの軟X線は、原子番号の小さな物質(軽元素)に対し吸収が大きく、生物試料や軽元素材料の観察に有効で、軟X線3D顕微鏡は、このような試料の3次元内部構造を可視化する装置です。

当社が開発した高分解能のX線光学素子(斜入射反射鏡)は、他の素子に比べてX線の利用効率が高く、また、異なるエネルギーのX線を同じように結像できることが特長です。この斜入射反射鏡と取り扱いが容易な電子衝撃型X線源を組み合わせることで、従来にない実験室規模の使いやすさを持った高分解能の軟X線3D顕微鏡を開発しています。
X線源で発生したX線を集光用X線鏡で集光し試料に照射し、透過したX線像を結像用X線鏡により拡大した画像をCCDカメラで観察します。試料を回転させて観察し、画像再構成を行うことで3次元画像を構築します。

X線顕微鏡の構成

各種X線鏡(左) X線顕微鏡の外観(右)

特長

■自然に近い状態の生物試料や軽元素材料の観察が可能
本研究では2種類の異なるX線エネルギー領域の軟X線3D顕微鏡を構築して測定を行っています。一つは、「水の窓」と呼ばれる284 eV~543 eVのX線を用いたもので、タンパク質と水の吸収コントラストを得やすいため、水を含んだ生きた状態に近い細胞(~10 μm以下)の観察が可能です。 もう一つは、1.8 keVのX線を用いたもので、数10 μmサイズの低原子番号の材料を識別可能なため、軽元素材料や生物組織の観察が可能です。

■細胞レベルの高分解能(数100 nm以下)を達成
当社が開発したX線鏡は、回転双曲面と回転楕円面の二つの非球面を組み合わせたウォルターI型鏡と呼ばれる反射型の光学素子です。分解能はこのX線鏡の加工精度で決まり、現在のところ、表面粗さ~2 nm、形状誤差1μm以下の精度で製作しています。分解能の評価では、200 nm以下の構造を解像できることを確認しています。

■マルチエネルギー観察が可能
光学素子が反射光学系のため、異なるエネルギーX線を同じように結像できます。これにより、試料をいろいろなX線エネルギーで観察することで、構成元素の違いによる、異なるコントラストの画像を取得できます。

■実験室に収まるサイズ、オンサイトでの観察を実現
X線顕微鏡の多くは、放射光施設に設置されており、数10 nm以下の高分解能で観察可能となっていますが、装置サイズは~100 m×100 mスケールとなり、利用機会も制限されます。当社のX線3D顕微鏡の装置サイズは、外観図に示すように3.4 mと実験室に収まるサイズを実現しており、研究者が自前の研究室において、いつでも容易に観察可能となる ことを目指しています。

X線エネルギーと線減弱係数

解像度チャートによる分解能評価

観察例

(1)水の窓域X線による生物試料の観察

資料提供:東京大学先端科学技術技術研究センター

1.3次元構造観察・・・マウス糸球体(乾燥)
乾燥させたマウスの糸球体の組織を3次元で観察しました。内部の各断層で構造が異なることが確認できます。

光学顕微鏡像(左)X線透過像(右)

3次元再構成断層像

2.氷の中における観察・・・イースト菌
自然に近い状態で観察するため、水滴に分散させたイースト菌を下図(サンプルホルダ)の窒化シリコン膜の窓を有するシリコン基板2枚サンプルホルダに入れて凍結させて観察しました。水(氷)中の生物試料が、水の窓域のX線により、非染色で高いコントラストの画像が得られています。この結果は生物試料を自然に近い状態で観察できることを示しています。

サンプルホルダ

氷の中のイースト菌のX線透過像

(2)マルチエネルギー観察・・・ポリスチレンビーズ(直径3μm)

物質に対するX線の線減弱係数μはX線エネルギーで異なります。ここでは、酸素Kα線の炭素に対するμが炭素Kα線のそれに対して大きいため、異なるコントラストの画像が得られています。

ポリスチレンビーズ(直径3μm)

(3)1.8 keV X線による軽元素試料の観察・・・アサガオの花粉

花粉は前処理で薬剤により中身を取り除いて固定されています。花粉内部の中空構造や内壁の形状を画像化できています。

X線透過像

3次元再構成断層像

3次元再構成画像

今後の目標

生命科学分野や材料工学分野に適用できるように、観察事例を積み上げてX線3D顕微鏡の有用性を示していくとともにX線反射光学系の分解能の向上をはじめ、各要素技術の改善を行って、装置性能を実用的なレベルに引き上げることを目指しています。

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