SLMを用いた高機能多光子励起顕微鏡

2光子励起顕微鏡による生体深部観察

生物顕微鏡は、生物試料の表面の反射観察や、薄くスライスした生物試料の透過観察に用いられます。顕微鏡の対物レンズは、これらの観察で最も集光状態が良くなり、最高の光学性能が出せるように設計されています。また、細胞を観察する際には、細胞内部の小器官は同一色に近いかほぼ無色であるため、多くの場合は、観察したい対象のみを色素によって染色し、それが発する蛍光を観察する蛍光法が用いられます。

近年、医学・生物学の分野では、生物試料の深い部分を直接観察することが求められています。しかし、生物顕微鏡を用いて、厚い組織切片の深い位置を観察しようとすると、上記の設計条件から外れることと、観察対象そのもので光学的な歪みが発生することにより、対物レンズによる集光の品質が低下します。そのため、取得される蛍光画像にボケが生じ、分解能とコントラストが大きく低下します。

1990年に登場した、2光子励起蛍光顕微鏡は、生体深部を観察できる画期的なものです。この顕微鏡では、蛍光の発光に2光子励起という現象を用いています。通常の蛍光観察と比較し、2光子励起による蛍光観察では、蛍光の発光に用いる励起光に、生体透過性の高い近赤外の超短パルス光を用いるため、生体深部まで観察が可能です。また、励起光が対物レンズで小さく絞られた集光点付近でのみ発光するため、高い深さ分解能をもちます。これらの特長が生体深部の観察に有利に働いています。

登場から30年経た現在、撮像の高品質化に寄与するレーザ光源の高出力化や安定性の向上、より深い部位の観察を可能にする、生体を透明化する手法の開発など、さまざまな周辺技術が整い、2光子励起蛍光顕微鏡は生体機能の解明のために広く利用され始めています。

2光子励起蛍光顕微鏡の課題

2光子励起蛍光顕微鏡にも次のような課題があります。

 

(1)生体深部観察時に発生する収差によって画質が劣化する

(2)ポイント走査計測のため、計測時間が長い

(3)可視光レーザを用いる共焦点レーザ顕微鏡より解像度が低い

 

当社は空間光変調器(SLM)を用いて上記のような問題を解決し、高精度な深部観察を実現して、医学・生物学の研究に貢献することを目指しています。

SLMを用いた課題解決への取り組み

(1)生体深部観察時に発生する収差によって画質が劣化する問題

2光子励起蛍光顕微鏡では、超短パルス光を対物レンズで小さくして、時間的・空間的に光エネルギーを高密度に集中させることで、蛍光を発光させています。生体深部の観察では、対物レンズの設計条件から外れることと、生体の表面や内部で光が屈折を受けることにより、光学的な歪みが発生し、集光点がボケて光エネルギー密度が低下します。そのため、空間分解能が低下し、同時に蛍光の明るさも低下して、像の品質が大きく低下します。このような光学的な歪みを収差と呼びます。

生体深部でも高い解像度の画像を得るためには、この収差を補正して観察する必要があります。SLMを用いると、積極的に励起光の波面を制御して、生体深部で収差の影響なく集光させることができます。このとき大事なことは、どのような収差が生じているかを把握することです。収差は屈折率界面の屈折率差の影響を受けますが、屈折率界面の形状の影響も受けるからです。当社は、これまでに屈折率差により発生する収差の補正ならびに、試料の表面形状により発生する収差を補正する手法などを開発し、それが生体計測にも利用できていることを確認しています(図1)。

図1.透明化したマウスの脳(深さ1750 µm~1900 µm)を観察した時の血管像

生体試料の形状による収差を考慮して補正を行うと、従来の観察では見えなかった血管が鮮明になります(参考文献2)。

(a)当社で開発した収差補正方法を適用

(b)収差補正なし

(2)計測時間が長い問題

生体の高速な現象を観察する場合、計測時間が短いほど有利になります。2光子励起蛍光顕微鏡はガルバノスキャナなどを用い、レーザ光を走査して画像を取得する方式が主流です。この走査撮像では、画照明の顕微鏡と比較して計測時間が長くなります。そこで、計測時間を短縮するため、励起光を多点に分岐して同時に撮像する、多点同時走査撮像方式を採用しました。この多点同時走査撮像は、SLMを用いて励起光の波面を制御することで集光点を複数作り、マルチアノード光電子増倍管のような複数箇所の同時検出が可能なデバイスと組み合わせて実現しました。励起光を4点に分岐することにより計測時間を1/4にできること、また撮像品質に影響がないこと、さらには収差補正と組み合わせて深部観察が可能であることを確認しています(図2)。

図2.ミトコンドリアをRhodamine 123で染色したHela細胞を観察して得られた蛍光画像

SLMで励起光を4分割して同時走査を行うことで、測定時間を1/4に短縮しました。

(3)可視光を用いる共焦点顕微鏡よりも解像度が低い問題

顕微鏡の解像度は、用いる光の波長が短いほど解像度が高くなります。2光子励起蛍光顕微鏡は励起光の波長が近赤外領域にあるため、生体透過性が高く、深い部位にまで達するという利点があります。しかし、励起波長が長いため、可視光励起である共焦点顕微鏡と比較すると解像度が低いという問題があります。当社は、2光子励起蛍光顕微鏡が有する深部観察の優位性を維持しながら、解像度を高める方法に取り組んでいます。これまでに、励起光の強度分布をSLMで制御することで解像度を向上させる手法を開発しました。

今後の目標

現在は、浜松医科大学と共同でこのSLMを用いた2光子励起蛍光顕微鏡の研究に取り組んでいます。これまでに、透明化方法に適した収差補正の開発や、腎臓を対象にした観察を実施してきました。

■野生型(control)と病態モデルマウス(HIGA)の腎臓を撮影した画像

腎臓計測では、従来の電子顕微鏡を用いた観察において確認されていた糸球内の血管上の突起物が、SLM搭載の2光子励起顕微鏡を用いることで、基底膜由来であることを明らかにしました(参考文献5)。

■3次元観察:透明化したマウスの腎糸球体観察

マウスの腎糸球体を摘出し染色した後、透明化処理を行い、3次元観察を行いました。糸球体を覆う細胞ポドサイト*を緑色、血管を赤色、核を青色に染色しています。動画では対物レンズを上下に動かしながら丸い糸球体の表面から深部まで観察しています。SLMで透明化溶液起因の収差を補正することにより、市販の水浸対物レンズを用いても深部まで観察することができます。

従来は糸球体をスライスして何枚ものプレパラートを作成し、光学顕微鏡で観察していましたが、スライスすることにより断面形状が劣化する、位置がずれるなどの問題がありました。2光子顕微鏡とSLMを用いることで立体的な組織を良好に観察することが可能となり、ポドサイト障害などの病態起因の形態変化をさらにとらえやすくなると考えています(資料提供:紺野 在様 浜松医科大学 微生物学・免疫学講座 助教)。

 

*ポドサイト:糸球体の周辺を覆い、ろ過機能の調整を行う細胞です。今回は1次突起が染色されています。

生体機能の解明のために、2光子励起蛍光顕微鏡は今後さらに広く利用されていくと考えられます。浜松ホトニクスのSLMは、顕微鏡を多機能化・高性能化することが可能です。当社はSLMならびにSLMを取り巻く周辺技術である波面制御やデバイス技術などを向上させ、今まで観察できなかった現象を発見できるようにすることで、医学・生物学の研究への貢献を目指していきます。

参考文献

  1. N. Matsumoto, T. Inoue, A. Matsumoto, and S. Okazaki, “Correction of depth-induced spherical aberration for deep observation using two-photon excitation fluorescence microscopy with spatial light modulator,” Biomed. Opt. Express 6(7) 2575-2587 (2015).
  2. N. Matsumoto, A. Konno, T. Inoue and S. Okazaki, “Aberration correction considering curved sample surface shape for non-contact two-photon excitation microscopy with spatial light modulator,” Sci. Rep. 9252 (2018).
  3. N. Matsumoto, A. Konno, Y. Ohbayashi, T. Inoue, A. Matsumoto, K. Uchimura, K. Kadomatsu, and S. Okazaki, “Correction of spherical aberration in multi-focal multiphoton microscopy with spatial light modulator,” 25(6), 7055-7068 (2017).
  4. N. Matsumoto, A. Konno, T. Inoue, K. Watanabe, and S. Okazaki, “Amplitude-modulation-type multi-ring mask for two-photon excitation scanning microscopy,” OSA continuum 4(6), 1696-1711 (2021).
  5. A. Konno, N. Matsumoto, Y. Tomono, and S. Okazaki, “Pathological application of carbocyanine dye-based multicolour imaging of vasculature and associated structures,” Sci. Rep. 10, 12613 (2020).

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