構造有機化学の常識を変える新規材料・合成技術の開発

公開日:2026年5月20日

国立大学法人 京都大学化学研究所 物質創製化学研究系 有機元素化学分科は、新しい有機化合物の合成と物性を明らかにすることに取り組んでいます。多くの芳香族化合物が、有機色素や顔料として自然界や材料として広く用いられており、生命や社会を支えています。同研究室では、有機半導体や発光材料等の開発を目的に、芳香族化合物の設計、合成、構造解析、集積化、物性評価などが行われています。芳香族化合物の評価には、化合物の吸収・発光特性を明らかにするために、吸収・蛍光スペクトルに加え、発光量子収率や蛍光寿命測定などの様々な測定が必要であり、これらの評価のために当社製品を導入いただいております。同研究室教授の山田容子 様、助教の山内光陽 様に研究内容や当社製品を採用いただいた経緯、今後の研究の展望についてインタビューを行いました。

 

研究について

-研究内容について教えてください。

 

山田: 私たちのグループでは、新しい機能性有機化合物の合成法の開発と、アセンやポルフィリンのような有機半導体や有機色素の物性について研究しています。芳香族化合物では、分子の骨格や置換基の構造の違いによって、化合物の色や発光特性など、物性が大きく変化します。一方、π共役が広がるにつれて、溶媒に溶けにくい、不安定になるなどの性質が出てくるため、合成が難しくなります。私たちは、そのようなπ共役拡張化合物の合成と物性に興味を持って研究を進めています。

 

山内: 私は、超分子化学と材料化学の融合領域に興味を持ち、特に分子の集合状態によって生じる新しい物性や機能創出を目指して研究しています。今回ご紹介したい研究テーマは、溶液中分子分散状態では無発光の有機分子が、薄膜や結晶になることで発光する「凝集誘起発光 (AIE)」というものです。これは、一般的な蛍光色素が示す凝集によって消光するのとは逆の現象です。私たちの研究グループは2019年、発光材料とは無縁であった光応答性分子「アゾベンゼン」が、微弱ながらもAIEを示すことを発見し、ごく最近では分子構造へのフィードバックにより、固体状態でもある程度発光することを見出しました。さらに、メゾスケールでの形態制御を通じて、レーザー発振のような鋭い発光ピークを観測することにも成功しました。現在は、分子デザインと分子集合プロセスの密接な関係に着目しており、より高機能な光応答性発光材料の開発に向けて研究を推進しています。

山田 容子 様

山内 光陽 様

新たな有機化合物が開発されるまでのプロセス

-有機化合物を開発する際、どのようなプロセスを経て開発されるのでしょうか?

 

山田: 私たちの研究室ではπ共役が拡張した新しい芳香族化合物の開発に挑んでいます。π共役の拡張により、分子の吸収・発光波長が可視光から近赤外領域へと広がります。この「光」の可能性を広げるため、私たちは分子骨格の設計から機能の予測、そして実際の合成までを一貫して行っています。

開発における鍵は「溶解性」と「結晶性」のコントロールです。平面性の高い芳香族化合物は、π共役を拡張すると溶けにくく (精製しづらく)なりますが、これは有機半導体材料に不可欠な「高い結晶性」を持つ証でもあります。私たちは最適な置換基をデザインすることで、このトレードオフを巧みに制御しています。

こうして生まれた新分子は、分光測定による光物性の評価にとどまりません。置換基の違いが結晶構造や薄膜のパッキングにどう影響し、それが電荷移動度にどう関わるのか――。最終的なトランジスタ特性の評価まで踏み込むことで、次世代のエレクトロニクス材料を創り出しています。

-新たな有機化合物の構想が生まれてから評価して思い通りの結果が得られるまでにどれくらいの期間を必要とするものでしょうか?開発をする化合物を決めるうえで基準などはありますか?

 

山田: すでに実績のある化合物の改良なら数か月で形になることもありますが、未踏の新規構造に挑む場合は数年がかりのプロジェクトになります。また、ターゲットを狙い通りに合成するだけでなく、実験中に偶然生まれた予期せぬ構造から、想像もしなかった新しい化学の世界 (セレンディピティ)が広がることも、この研究の大きな醍醐味です。

私たちの役割は、未来の材料開発の土台となる「基礎研究」です。そのため、一発の成功を狙う固定された基準があるわけではなく、合成と評価、そして設計の改良というサイクルを日々回し、試行錯誤を通じて研究をアップデートし続けています。

研究のモチベーションと社会とのつながり

-研究を進めるうえでどのようなことがモチベーションになっていますか?思い出に残っているエピソードなどがあればあわせて教えてください。

 

山田: 新たに合成した有機化合物の構造や物性を学会や論文で発表すると、有機エレクトロニクスや基板表面支援合成など、さまざまな分野の研究者や企業から共同研究のオファーをいただくことがあります。全く見ず知らずの方から突然ご連絡をいただくこともあり、驚くと同時に、試行錯誤して創り出した化合物が新たな研究の発展に貢献できているのだと強く実感します。こうした共同研究は、時に私たちが想像すらしていなかった新たな科学へと繋がり、まるで「化合物が私たちを知らない世界へ連れて行ってくれる」ような感覚さえ抱きます。このように、自分の研究が世界へと広がり、新たな化学反応を起こしていくことが一番のモチベーションです。

また、私が愛媛大学で研究者としてのキャリアをスタートした際、最初に報告した「光前駆体法 (光反応を用いた高純度ペンタセン合成法)」の論文があります。これが、現在の私たちの研究の大きな礎となっています。これまで地道に積み重ねてきた知見や技術が、形を変えながら今も脈々と生きていると実感できることも、日々の研究を支える大きな原動力になっています。

山内: 有機化学や超分子化学の基礎研究に携わるなかで、研究から生まれた成果が、思わぬ形で新たな価値を見出され、他分野の発展に寄与する場面を目にしてきました。今後、私たちが開発した有機分子や光応答性発光材料が、いつか研究領域の垣根を越えて誰かの役に立つこと、それがモチベーションです。また、基礎研究を進めていると思わぬ発見や想定外の現象によく出逢います。このような時に、しっかりと考察し解明することで、世に新しい知見を提供できます。まさに、アゾベンゼンを用いた私たちの研究は偶然の発見からスタートした研究です。この研究は、発光というシグナルを光や熱で制御できることが強みであり、将来的には高感度センサーなどのデバイス応用へ繋がることを目指しています。この目標を実現するという強い意志が、日々の研究を推し進める原動力になっています。

-有機化合物の開発や研究が盛んな地域や国はありますか?地域による研究テーマの方向性の違いなどはありますか?

 

山田: 有機化合物の研究・開発は世界中で活発に行われていますが、地域によって研究テーマの方向性やアプローチには明確な特色があります。例えばヨーロッパは、伝統的に構造有機化学や分子構造の美しさを追究する基礎研究が強いほか、近年は環境に配慮したサステナブルな有機合成 (グリーンケミストリー)で世界をリードしています。一方、アメリカはノーベル賞級の高度な基礎合成化学の層が厚いと同時に、最先端のスタートアップを生み出すような社会実装・応用研究への展開が非常にスピーディーです。また、中国、韓国、台湾などのアジア圏は、国家的な産業戦略とも連動し、ディスプレイや半導体材料に直結する「有機エレクトロニクス」の応用研究に爆発的なエネルギーを注いでいます。このように、各国・地域の産業構造や歴史的な背景が、そのまま研究分野の強みや方向性に反映されている点は、非常に興味深いと感じています。

構造有機化学の常識を変える新たな研究成果

-2026年2月に発表された論文『Observation of Photophysical Processes of a Heptacene Derivative: Monomeric Behavior in Homogeneous Solution and Singlet Fission in Thin Film』の内容について教えていただけますか?

 

山田: 私たちは、次世代の太陽電池や光電変換技術として期待される励起子一重項分裂 (シングレットフィッション, SF)という現象に着目しました。SFとは、光を吸収して生じた1つの励起一重項 (S1)分子が、隣り合う基底状態 (S0)の分子と相互作用することで、2つの励起三重項 (T1)分子へと変換される現象です。通常は1つの光子から1つのエネルギーしか得られませんが、SFを用いれば1つの光子から2倍の励起状態を生み出せるため、エネルギー効率を飛躍的に高められます。

テトラセンやペンタセンなどのアセンではSFが起こることが知られていましたが、さらにπ共役が拡張したヘプタセン (ベンゼン環が7つつながった分子)で可能かどうかはわかっていませんでした。ヘプタセンは近赤外光を吸収できる魅力的な化合物ですが、非常に酸化されやすく反応性が高いために、溶液中では容易に二量化などの副反応が起こり、高純度な合成が極めて困難とされてきたからです。私たちは、独自技術である光前駆体法を用いてこのヘプタセン誘導体 (TIPS-Hep)を合成し (図1)、溶液中および薄膜における励起状態の物性ダイナミクスを解き明かす研究を進めました。

図1: 光前駆体法によるTIPS-Hepの合成

山田: まず室温の薄溶液中のヘプタセン誘導体について調べたところ、テトラヒドロフラン (THF)中でTIPS-Hepの蛍光スペクトルの測定に成功しました。これまで室温溶液中での報告例はありませんでした。ピーク波長は894 nmと961 nmに観測されましたが、蛍光量子収率は0.02 %と極めて低い値でした。そこでスーパーコンティニューム光源「SuperK CHROMATUNE」と蛍光寿命測定装置「Quantaurus-Tau®」を用いてその発光寿命を測定したところ、0.1 ns以下という極めて高速なダイナミクスであることを見出し (図2)、単一分子 (モノマー)としての挙動を明らかにしました (図3左)。しかし、溶液中では励起一重項の寿命が短すぎるため、SFを観測することはできませんでした。

 

一方で、前駆体薄膜に光を照射して作成したTIPS-Hep薄膜において、ついにSFを観測することに成功しました (図3右)。これは、薄膜 (固体状態)にしたことで、分子同士が適切な距離でパッキングされ、かつ二量化などの不要な副反応が抑制されたためだと考えています。この高次アセンにおけるシングレットフィッションの観測は世界初の成果であり、有機光エレクトロニクス分野において非常に大きいインパクトを与える成果となりました。

図2: THF中でのTIPS-Hepの蛍光減衰曲線 (λex = 820 nm、λem = 910 nm)、赤、緑、青がそれぞれ20 μM、50 μM、100 μMに対応し、黒は装置応答関数を示す。

図3: THF中および薄膜中でのTIPS-Hepの励起子ダイナミクス

参考文献:2026年2月に発表した論文 『Journal of the American Chemical Society』  "Observation of Photophysical Processes of a Heptacene Derivative: Monomeric Behavior in Homogeneous Solution and Singlet Fission in Thin Film"

-山内先生は発光材料の中でもより高機能な「スマート発光材料」の開発を行っていらっしゃると伺いました。研究内容について教えていただけますか?

 

山内: 発光材料と聞くと、定常的に光るものをイメージされると思います。しかし、私が開発しているのは、発光しつつさらにその発光波長や強度を光や熱などの外部刺激で制御できる機能を持つ、いわば、「発光性」と「スイッチング」を兼ね備えた二刀流の発光材料です。

 

通常、このような多機能性を持たせるには、発光性分子と光応答性分子を適切に結合させて開発しますが、これには多段階の合成が必要となる場合も多く合成コストが大きくなります。それに対し、私たちが研究しているアゾベンゼン系発光材料は、それらを両立できるため、合成コストを最小限に抑えつつ、スマート発光材料の開発が可能です (図4)。本研究では、結晶多形に応じた異なる発光波長に加え、マイクロ微粒子にするとレーザー発振の様な鋭い発光が多数観測されます。この鋭い発光を光で制御できるスイッチング機能も有しています。また、この発光性マイクロ微粒子は、形状やサイズによって異なる発光スペクトルを示します。これは、個々のマイクロ微粒子には個性があり、これを巧みに理解し応用することで、高度なセキュリティデバイスへの応用も期待できると考えています。

図4: アゾベンゼン系有機分子の結晶状態での発光画像、および光・熱による発光制御

研究を支える浜松ホトニクスの製品

研究室に設置されているQuantaurus-Tau

-今回論文発表された研究をはじめ、先生の研究室では当社製品を長くご利用いただいています。当社製品が皆様の研究にどのようにお役に立てているのか、教えていただけますか?

 

山田: 今回の研究ではスーパーコンティニューム光源「SuperK CHROMATUNE」と蛍光寿命測定装置「Quantaurus-Tau」を使わせていただきました。私たちの研究室では以前からQuantaurus-Tauを使っていたのですが、測定の幅をさらに広げるため、浜松ホトニクスさんに「私たちの研究にマッチする、より最適な光源はありませんか?」と問い合わせたところ、SuperK CHROMATUNEをご提案いただきました。この光源はブロードバンド光源として幅広い波長域をカバーしており、かつ、非常に安定した出力で光を照射できます。近赤外領域において、極めて微弱で高速な蛍光寿命を正確に捉える必要があった私たちの研究にとって、まさに理想的な仕様でした。

 

山内: Quantaurus-Tauは私の研究でも使っています。浜松ホトニクスの製品はユーザー目線で作られていて、とにかく使いやすいことが大きな魅力です。通常、自ら光学系を組んで測定を行う場合、毎回同じ測定環境を構築するために時間を要しますが、Quantaurus-Tauは、サンプルをセットして簡単な設定を行うだけで、再現性の高いデータを迅速に取得できます。ソフトウェアの視認性や直感的な操作性も良く、測定の初心者でも正しく扱えるため、研究のスピードアップに繋がっています。

研究展望

-今後の研究展望と浜松ホトニクスに期待することがあれば教えてください。

 

山内: 現在開発を進めているスマート発光材料の性能はまだまだ発展途上です。そのため、分子構造の改変をさらに推し進め、なおかつそれを簡単に合成できる手法を確立していきたいと考えています。特に、この研究はセキュリティデバイスとの相性が非常に良いと考えておりますので、その実現に向けてさらなる物性・機能の制御を目指します。今後も、御社の装置を使用し、発光材料の評価を行っていきたいと思います。

 

山田: 研究室ではさまざまな有機化合物の研究を進めていますが、今回の研究により、今まで扱うことが難しかった高次アセンの物性解明がさらに進むと思います。高次アセンは近赤外領域でのスペクトル測定がメインになりますので、御社にはぜひ近赤外分光が可能な装置ラインアップを充実していただきたいです。

研究者プロフィール

山田 容子
国立大学法人 京都大学化学研究所 教授

1992年3月     京都大学大学院 博士後期課程修了
2003年10月   愛媛大学理学部 助教授 (改組により理工学研究科 助教授、准教授)
2011年1月     奈良先端科学技術大学院大学 准教授
2012年4月     同 教授
2023年4月     現職

山内 光陽
国立大学法人 京都大学化学研究所 助教

2017年3月     千葉大学大学院 博士後期課程修了
2017年4月     関西学院大学理工学部 助教
2022年4月     奈良先端科学技術大学院大学 特任助教
2023年4月     京都大学化学研究所 特定助教
2023年11月   現職

※ 本ページに掲載している内容は、2026年4月の取材時点のものです。

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