絶対発光量子収率測定法の確立と有機光エレクトロニクスの研究

公開日:2025年1月20日

国立大学法人 九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA) 様は、有機EL素子(Organic Light Emitting Diode:OLED)をはじめとした次世代の有機半導体デバイスの研究開発を行っています。2012年には、世界に先駆けて第三世代有機EL発光材料である熱活性化遅延蛍光(Thermally Activated Delayed Fluorescence:TADF)分子の創出に成功し、有機光エレクトロニクス研究分野をリードしています。同センターにて研究開発を行っている有機光エレクトロニクス材料やデバイスの評価を行うためには、発光量子収率の測定や過渡発光特性の測定などさまざまな測定法を用いる必要があり、これらの評価のために弊社のQuantaurusシリーズ、ストリークカメラなどを導入いただいております。

同センターのセンター長である安達 千波矢 様、副センター長の中野谷 一 様に絶対発光量子収率測定法確立までの経緯や弊社のQuantaurusシリーズの研究への影響、今後の研究の展望についてインタビューを行いました。

 

研究について

-研究内容について教えてください。

 

安達:当センターでは、OLEDをはじめとした有機光エレクトロニクスの研究を行っており、新規半導体材料の開発とそれをもとにした新規デバイス構造の構築、新規デバイスの開発を行っています。2012年に、世界に先駆けて第三世代有機EL発光材料であるTADF分子の創出に成功しました。2015年には、その技術をもとにした発光デバイスの開発を進めるためにスタートアップ企業(Kyulux)を立ち上げています。2019年には、同じく当センターが世界に先駆けて開発に成功した有機半導体レーザダイオードの実用化を目指して、第二のスタートアップである株式会社KOALA Techも設立されました。現在は、これらの企業の技術アドバイザーとして材料・デバイスの商品化・量産化にも取り組んでいます。

 

私は大学院生の1987年ごろから一貫してOLEDの研究を続けています。当時はOLEDの研究をしている研究者は世界でも数人しかいませんでしたが、誰もやっていないテーマに挑戦することが大きな価値になると考え、研究を進めてきました。大学院での研究の後、一度はメーカーに入社して研究を続けましたが、大きな転機になったのは、その後に移籍したプリンストン大学のステファン・フォレスト(Stephen R. Forrest)先生の研究室でりん光の研究を行ったことでした。ここでは、第二世代のりん光材料を使ったOLEDの開発が始まり、2000年ごろには変換効率をほぼ100 %にまで向上させることができました。

その後、日本に戻り千歳科学技術大学で研究を続けましたが、そこではりん光材料に負けない新しい材料を創出しようと思い、開発に成功したのがTADF材料です。この材料はレアメタルを使用しないため、第二世代のりん光材料を用いたデバイスと比較して低コストにOLED素子を作れることが強みです。現在はこのTADF材料をもとにしたデバイスの実用化や、OLED以外にもペロブスカイト太陽電池や有機レーザダイオードなど、さまざまな材料・デバイスの研究開発を進めています。

安達 千波矢 様

安達 千波矢 様

中野谷 一 様

中野谷 一 様

固体の発光量子収率測定法確立までの経緯

安達 千波矢 様

-OLEDをはじめとした発光材料の評価を行う手法のひとつに発光量子収率の測定がありますが、当時はこの測定法が確立されていなかったと伺いました。どのような経緯で現在の発光量子収率の測定法が確立されたのでしょうか。

 

安達:当時は固体の発光量子収率の測定方法についてさまざまな測定方法が文献で報告されていましたが、同じサンプルでも文献によって発光量子収率の値がばらばらで、確立された方法がありませんでした。唯一、発光量子収率の値が既知の標準溶液と値がわかっていないサンプル溶液を同一条件で測定し、その値を比較することでサンプル溶液の発光量子収率を相対的に求める「相対法」という測定方法がありましたが、この手法では溶液の測定しかできず、私が研究していたOLEDなどの固体の材料評価ができないという問題がありました。

その中で私たちの研究室では、JST CRESTプロジェクトの河村祐一郎研究員が中心となって、当時文献で報告されていた積分球を使った測定法に浜松ホトニクスの分光器(PMA-11)を組み合わせる手法を考え、測定系を組み上げました。その後、浜松ホトニクスと絶対PL量子収率測定装置を共同開発しました。開発した装置の検証では、浜松ホトニクス、群馬大学の飛田研究室(現在の吉原研究室)と共同で蛍光標準溶液の発光量子収率の測定を行い、この測定法で得られる測定値の信頼性を得ることができました。結果的に、固体の測定も行うことができる「積分球を用いた絶対発光量子収率法」を確立しました。

絶対発光量子収率測定法確立後の研究への影響

-絶対発光量子収率測定法が確立されたあと、研究にはどのような影響がありましたか。また、弊社のQuantaurus-QY®は研究にどのように役立っているでしょうか。

 

安達:発光量子収率の値が正しく測定できるようになったことで、蛍光寿命の測定値と組み合わせて材料の発光特性(輻射速度定数:kr)の値を正しく算出できるようになったことが最もインパクトが大きかったと思います。これにより材料の特性評価をより詳細に行うことができるようになり、特性評価の信頼性が増しました。

中野谷:研究の推進という観点においては、1)測定時間の短縮、2)作業の標準化、3)測定及び計算ミスの低減の3点が影響として大きかったと思います。

 

測定時間に関しては、相対法よりも手順が簡単になったことで、測定時間を短縮することができました。

 

作業手順に関しても、測定サンプルを積分球内に入れて計測するだけという簡単な手順のため、専門のエンジニアに限らず誰でも簡単に測定ができるようになりました。また、この手法の開発当初は分光器で得たスペクトルの値から自分で量子収率の値を計算していましたが、浜松ホトニクスが専用のソフトウェアを開発してくれたことで、量子収率の計算まで自動で行ってくれるようになり、計算ミスなどのリスクも低減することができました。

 

安達:測定が簡単に行えるようになったことは研究の推進という観点では非常に良いことである一方で、学生や研究者の教育という観点においては少し懸念もあります。誰でもボタンを押すだけで測定ができてしまうことで、学生や研究者が測定のメカニズムなどを理解しないまま研究を進めてしまうのはよくないので、それらの基礎をしっかりと理解したうえで装置を使用してもらうように努めています。

Quantaurus-QYの使用風景

Quantaurus-QYの使用風景

蛍光寿命測定における浜松ホトニクス製品の活躍

最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)様では、発光量子収率の測定装置であるQuantaurus-QY / Quantaurus-QY Plusだけでなく、材料の蛍光寿命や過渡吸収測定を行う目的で、Quantaurus-Tau® 小型蛍光寿命測定装置やストリークカメラをご使用いただいています。

 

Quantaurus-Tauの使用風景

Quantaurus-Tauの使用風景

ストリークカメラの使用風景

ストリークカメラの使用風景

測定例

高発光効率を有するTADF材料の量子収率測定

TADF材料は、第三世代有機EL材料として大きな関心が寄せられています。励起一重項(S1)状態と励起三重項(T1)状態のエネルギー差、ΔESTを最小にするような精密な分子設計により、T1 → S1 の逆項間交差を起こりやすくし、高効率なTADF材料を開発することに成功しました。 下図の4CzIPNの発光量子収率は、絶対PL量子収率測定装置により、94±2 %と求められました。

TADF材料の発光量子収率測定

データ提供:九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA) 安達 千波矢 様、中野谷 一 様

近赤外有機発光ダイオードのための重水素化ホスト-ゲストシステムにおける効率的な近赤外蛍光

近赤外蛍光色素の発光量子収率(左)と蛍光寿命測定(右)

重水素置換することで近赤外蛍光色素のPLQYが7 %から15 %へと向上することが分かりました。

発光量子収率と蛍光寿命測定

データ提供:九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA) 安達 千波矢 様、中野谷 一 様

研究展望

-今後の研究展望を教えてください。

 

安達:現在はOLEDに関する研究開発だけでなく、ペロブスカイトを用いた有機太陽電池や有機電荷移動(Charge Transfer:CT)錯体を用いたデバイスの開発にも力を入れています。長年、有機半導体デバイスの可能性を探る研究を続けていますが、直近では日常生活環境下の室温で存在する数10 meV程度の微小熱エネルギーを電気に変換できる新機構有機熱電変換デバイスの開発に成功しました。

現在、再生可能なエネルギーや未利用のエネルギーの有効利用が世界中で求められており、廃熱を利用した熱電変換デバイスは一部実用化されているものの、さまざまな問題点からその利用は限定的なものとなっています。室温程度の環境に微小に存在する熱エネルギーを電気に変換するこのデバイスはエネルギー問題を解決する可能性を秘めており、新たなエネルギー変換ツールとして社会に提供できる状況になったのは研究の大きな成果と考えています。今後は安定性を含めたデバイスの性能向上を図り、実用化への道筋をつけていきたいと思います。

 

参考文献:S. Kondo, M. Kameyama, K. Imaoka, Y. Shimoi, F. Mathevet, T. Fujihara, H. Goto, H. Nakanotani, M. Yahiro, and C. Adachi, Nat. Commun., 15, 8115 (2024).

 

 

中野谷:私は直近だと近赤外光を発する材料やデバイスに興味があります。現在OLEDは主にディスプレイ分野で使われていますが、センシングアプリケーション用の近赤外光源として利用できるようなデバイスを作りたいと思っています。OLEDには、材料の設計による波長制御が可能な点などさまざまなメリットがあり、近赤外光を用いたセンサや光源への応用などができれば、ビジネスにもつながるのではないかと考えています。

安達 千波矢 様と中野谷 一 様

株式会社Kyuluxについて

株式会社Kyuluxは、2015年に設立された九州大学発のスタートアップ企業で有機ELディスプレイや照明に用いる有機EL発光技術「Hyperfluorescence™」の事業化に取り組んでいます。Hyperfluorescence™は、九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)で開発され、高効率、高色純度の発光をレアメタルフリーで実現できる究極の有機EL発光技術としてディスプレイ業界から強く実用化が望まれています。

また、TADFの開発を加速させるために2016年にハーバード大学から導入した最先端の人工知能(AI)に独自の機能を加えたマテリアルズインフォマティクス(MI)システム「Kyumatic™」を材料開発に適用し飛躍的な開発スピードの向上を実現しました。Kyumatic™は材料物性の予測にとどまらず、薄膜・デバイスの性能予測も可能なため、材料開発・量産化だけでなく、今後の有機光エレクトロニクス材料の開発への適用も視野に入れ技術開発に注力しています。

 

安達:九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)は、Kyuluxの研究開発を支援する形で携わっており、CT分子系の励起状態の高速分光解析・理論解析、さらには素子劣化機構の解明に取り組み、学理の深化と共に高性能分子の提案を進めています。これらの基礎研究が実用デバイスの性能向上に繋がることを強く期待しています。

株式会社KOALA Techについて

株式会社KOALA Techは、2019年3月に創業した九州大学発のスタートアップ企業で、九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)が世界に先駆けて実現した有機半導体レーザダイオード(Organic Semiconductor Laser Diode:OSLD)のレーザ技術の実用化を目指して設立されました。OSLDは有機エレクトロニクスの「柔軟、低環境負荷、低コスト、高い波長選択性」という特長を持ちながらも、レーザとしての「高い色純度・高い光の直進性」をも兼ね備えています。

近年高精細・フレキシブルディスプレイとして注目されるOLEDをはじめ、有機電子デバイスプラットフォームに高い互換性を持つレーザ光源としてOSLDの実用化を行い、有機半導体デバイス分野のお客様への新しいソリューションの提供、有機 × レーザのハイブリッド技術で人とテクノロジーが共存するスマート社会への貢献を目指しています。

 

安達:九州大学 最先端有機光エレクトロニクスセンター(OPERA)は、KOALA Techとの共同研究を通じて、最先端の学術的知見に加え、世界有数の研究開発インフラを提供しています。
有機半導体レーザの研究開発が更に進展し、実用化されることで、有機エレクトロニクスのフロンティアが学理と産業の両面で大きく広がることを期待しています。

OSLDデバイス基本構造

研究者プロフィール

安達 千波矢 教授

安達 千波矢
国立大学法人 九州大学 工学研究院 応用化学部門 主幹教授
最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA) センター長

1991年3月     九州大学大学院総合理工学研究科 材料開発工学専攻博士課程修了(工学博士)
1991年4月     株式会社リコー 化成品技術研究所 研究員
1996年8月     信州大学繊維学部 機能高分子学科 助手
1999年5月     プリンストン大学 Center for Photonics and Optoelectronic Materials(POEM) 研究員
2001年3月     千歳科学技術大学光科学部物質光科学科 助教授
2004年4月     千歳科学技術大学光科学部物質光科学科 教授
2005年10月   九州大学 未来化学創造センター 教授
2010年4月     現職

中野谷 一 准教授

中野谷 一
国立大学法人 九州大学 工学研究院 応用化学部門 准教授
最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA) 副センター長

2010年3月    九州大学大学院工学府 物質創造工学専攻 博士後期課程修了
2010年4月    株式会社リコー 研究開発本部 研究員
2012年4月    公益財団法人 九州先端科学技術研究所 有機光デバイス研究室 研究員
                    九州大学 未来化学創造センター 客員助教
2014年4月    九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA) 助教
2015年1月    九州大学 工学研究員 応用化学部門 准教授
2019年4月    最先端有機光エレクトロニクス研究センター 副センター長

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